2017年04月23日

熊日新聞でも川柳句集「熊本地震の記憶」が紹介

 今日は、前熊本川柳協会の田口さんを訪れる約束があったので、ちょっとだけ畑に顔を出しましたが、昨日移植したブロッコリーが突風で荒されていました。
 今日田口さんを訪れたのは、先の地震で家を解体されるので、一杯ある川柳関係の蔵書をいただきにいきました。
私もこれまでに、川柳の参考書や句集を買ったり、貰ったりしてかなり持っていますが、更に50冊程度の新しいものが増えました。
 今日の熊本日日新聞に、先日熊本市教育委員会で行った川柳句集「熊本地震の記憶」の贈呈式の記事が広い紙面使って載っていました。
 大見出しが「地震の記憶 川柳に託す」小見出しが「句酒を通し後世へ 」そして、安永理石さんの句「ダダバリバリこれは地球の避ける音」が大きな活字でありました。
 記事の内容は、熊本地震の恐怖や避難生活、復興への思いを読んだ句集を、市内の全部の学校に贈呈することや、私の言葉、子供達に「自信を唐して川柳に親しんで貰い、また教材としても使って欲しい」ことが伝えられていました。
 今日は、多くの知人・友人から喜びの電話があり、嬉しい、楽しい一日でした。



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2017年04月22日

十数年ぶりに「西日本新聞」購読

 今日は、天気も良く、特に外出の予定もなかったので、朝早くから畑に行って、オクラ、ブロッコリー、胡瓜などを移植しました。
 そら豆に油虫が沢山ついていたので、無農薬農業をモットーにしているのですが、少しだけ農薬をかけました。
 その後は、除草を頑張って汗を流しました。
 畑に居た時、上空を飛行機6機が飛行雲を作りながら飛んでいたので不思議に思っていました。
 実は、明日の熊本城二の丸広場で開かれる復興支援イベント「飛翔際」の予行で航空自衛隊松嶋基地所属のアクロバット飛行隊「ブルーインパレス」が飛んでいたそうです。
 そのことを夕刊を読んで知りました。
 今日、十数年ぶりの西日本新聞を読みました。
 その理由は、熊本県川柳協会が発行した川柳句集「熊本地震の記憶」が、紹介された記事が載っているのを川柳仲間から知らせらからです。
 ちょうど、妻が福岡に行っていたので、博多駅の売店で買ってきてもらいました。
 記事は、広い紙面を使って、句集の内容を詳しく、さらに句集の中から、数句が紹介されていました。
 このようにして、句集が紹介され、多くの人に読んで頂ければ嬉しい限りです。


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2017年04月04日

金栗四三氏大河ドラマの主人公

 今日は、ポカポカしたまさに春日和でした。
 庭のハウスで育てている野菜の苗は、カボチャが一番大きく育ち、キャベツ、ブロッコリーも芽を出し、茄子、ミニトマトがちょっぴり顔を出したようです。
 早く畑に移して、育てたいものです。
 昨夜のテレビ、今日の朝刊で2019年の大河ドラマの主人公に、日本初の五輪選手で和水町出身の金栗四三氏が決まったようです。
 金栗氏はストックホルム大会で日射病で惨敗したが、箱根駅伝の創設などに尽力し、「日本マラソンの父」と称されました。
 金栗役を演じるのは中村勘九郎で、熊本弁を早く覚えたいと意気込んでおられるようです。
 私も中学時代からマラソンをしていたので、今回の決定を喜んでいる一人です。
 またこのテレビ放送で、東京オリンピックにも弾みをつけて貰いたいものです。


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2016年07月04日

熊日肥後狂句退会優秀句

 ここ数日、朝刊をじっくり読まない日が続いていたが、今朝は、昨日の妻の実家の水害の後始末の疲れきって、起きれず畑に行けなったので、じっくり朝刊を読みました。
 2週間に一度の読者文芸を、毎回楽しんで読んでいますが、今日は、川柳、短歌、俳句の他に、第62回熊日肥後狂句大会優秀句も掲載されていました。
 私は、若い頃職場の上司が肥後狂句をされていて、ちょっとですが、その上司と肥後狂句を楽しんだことがあります。
 現在は肥後狂句を作ることは、有りませんが、新聞の肥後狂句の投句を読んで、川柳を作る際にヒントにしています。
 掲載されている優秀句には、職場で一緒だった人や現在の川柳仲間の方の句がありました。
 二つ三つ、肥後狂句を紹介します。
  ふるさと納税通販よりもお得です   長松好魚
  弱ったね昇格しても妻の部下     長松好魚

  変な人大家のくせにホームレス    太田玉流川

  四股倒れ核は廃絶されとらん     奥田耕三

  四股倒れ制裁措置も機能せん     長瀬狂介

  バタンキュー男て本に愛らしか    豊田大徳

 熊本弁を使っての肥後狂句、如何でしたか。


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2016年05月07日

アサギマダラが上天草に飛来

 最近は、夜中に地震の余震が続くので、以前のように早起きが出来なくなりました。
 今朝は、どうにか早起きが出来たので、熊日新聞と読売新聞の朝刊をゆっくり、じっくり読むことが出来ました。
 熊日新聞に、気になる3つの記事が目に止まりました。
 その一つは、熊本市が、今回の熊本地震の被災者支援と復興事業に当たる「復興部」が政局内に設置されたという記事です。
 高校の後輩の井上隆君が復興部長に就いて、これからの復興の総指揮当たりますが、頑張って欲しいものです。
 もう一つのニュースは、私が住んでいる近見町の一部に、今度の震災で液状化現象が起り住宅や電柱が傾いたり、沈んだりしています。
 私の家から1キロも離れていないのに、酷い状態です。
 この一帯を調査した福岡大学の教授によればこの地帯は、白川の旧河川道ではないかと言うことでした。
 三つ目は、西南ロータリーで3月12日に、川尻の町興しのフジバカマの苗や資材緑化を助成をしたことに関連する話です。
 川尻の街中や加勢川の護岸に植えたフジバカマを、1千キロを超す「渡り」するアサギマダラという蝶が、
密を吸いに立ち寄るのですが、その蝶が川尻町ではまだ確認されていませんが、上天草で確認されたそうです。
 近い内に、川尻の街中や加勢川の河川敷にアサギマダラが立ち寄るのを楽しみにしています。
 また、私の庭にもフジバカマを8株ほど植えているので私の家にも蝶が立ち寄ってくれればと期待しています。


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2016年03月16日

「滝行体験」私は変わる

 今日も、昨日と同じように朝ドラ「あさが来た」を朝食を取りながら見た後、畑に向かいました。
 今日の仕事は、昨日高菜の収穫を終えたところや、除草を終えたところをミニ耕運機で耕しました。
 耕運機は、最近使っていなかったので、すぐにエンジンがかかるのかと心配していましたが、大丈夫でした。
 耕しが終わったが、お昼までにはまだ時間が有ったので、残っていたところの除草剤の散布をしました。
 畑に行って、綺麗な空気を吸いながら、鳥の声を聞き、蝶が飛ぶのを眺めながら、土と戯れると、心が癒されます。
 今日の朝刊に「滝に打たれて 私は変わる」の見出しで、熊本市の寺が始めた「滝行体験」が話題を呼んでいるという記事がありました。
 このお寺は、熊本市北区植木町の華厳宗「平等寺」です。
 このお寺の本山は、今取り壊しが行われている交通センターの北側の壺井川沿いにお寺があります。
 私が小学生の頃、このお寺に、母が毎月何度かお参りしていたので、私も一緒に行っていたので記憶があります。
 私の母も、約60年近く前にになりますが、植木町の平等寺の滝で、荒行を行っていたのを覚えています。
 私も新聞の記事を見たので、夏に一度「滝行体験」に行って、これまでの人生を振り帰ってみたいと思っています。
 今日の記事で、遠い昔の思い出を思い起こし、懐かしく感じました。


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2016年03月02日

認知症事故の最高裁逆転判決

 今日は、昨日よりあたたかくなったので、約3週間ぶりに畑に行って、大根と高菜を収穫しました。
 畑のどの野菜も異常天候による寒さで、何時もの年のようには、立派ではないようです。
 何時も朝早く、横浜の息子から孫の動画が来ますが、今日も7時前に送られてきました。
 息子夫婦は、確定申告の仕事で忙しいので、孫を7時頃には保育園に連れて行っていますが、孫はご機嫌が悪いようです。
 嫁が孫に、ごめんなさいと言っていた一言が印象的でした。
 こんな時、ふと私達夫婦が近くにいて、面倒見てあげたらと思う時があります。
 昨日、認知症の男性患者が、徘徊中に電車にはねられ死亡した事故をめぐり、家族がJRへの損害賠償責任を負うかどうかが争われた訴訟の最高裁判決がありましたが、家族だからと言って監督義務があるわけではなく、介護の実態などを総合的に考慮して、監督が困難かどうかで賠償責任の有無をを判断すべきだ」との最高裁の基準が示され、今回は、困難で家族に責任はないとしてJR東海の請求が棄却された。
 この認知症の問題は、ただ事故が起こった時だけでなく、認知症患者の徘徊は兎も角、日々の監督が困難であります。
 私の身の回りにも認知症患者がいますが、家族は大変のようです。
 幸いにして、76歳で亡くなった父も92歳で亡くなった母も、認知症になることは亡くなりました。
 ただ、母方の叔母が認知症にかかり、徘徊中にJR九州の鹿児島本線の線路脇で野草を摘んででいた時、列車が危険を感じ、急停車したことがありました。
 この時は、特に損害賠償責任の問題は置からなかったようです。
 兎に角、認知症患者になる可能性は、誰でもありますので、日頃から認知症にならないように、努力する必要があると思います。


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2016年01月29日

走る喜びを五七五に

 今朝は、やっと良くなりかけていた風邪が少しぶり返したようだったので、朝起きはゆっくりでした。
 食事は、何時ものように朝ドラ「あさが来た」を見ながらとって、9時に鍼の予約をしたので鍼灸院へ出かけました。
 鍼が終わった後は、隣にある通院している耳鼻咽喉科で、風邪薬を貰いましたが、この二つの要件で午前中を費やしてしまいました。
 午後は、2月には入ったら始まる所得税の確定申告の書類の整理で終ってしまいました。
 夕刻になって、やっと朝刊に目を通すことが出来ましたが、熊本城マラソン実行委員会が募集した川柳とエピソードの記事がありました。
その記事には、大見出し「走る喜び 575」小見出し「川柳、エピソード紹介」で紹介されていました。
 川柳部門の審査は、熊本県川柳協会の役員が6名、熊本城マラソン実行委員会の事務局に出向いて、3時間ほどかけて行いました。
 確か700句ほどの応募があり、その中から優秀句一句、優秀句二句を選びましたが、三句を選ぶのに最後まで苦労しました
 川柳の入選句は次の句です。
  最優秀句 声援と二人三脚ゴールイン  河野誠
  優秀句  完走し自分に贈る金メダル  よし得
  優秀句  三代で熊本城へ駆け抜ける  中原政人

 入賞作品の表彰式は2月20日の前夜祭で行われ、入賞作品は、大会当日ゴール会場にも掲示されるそうです。
 

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2016年01月02日

地元新聞「新春読者文芸」欄から

 お正月は、ゆっくりしたいものですが、甥や姪、それに知人が訪れて、また神社、お墓のお参りと忙しい元日でした。
 今日2日は、昔なら「朝ぶろ」入りを行っていましたが、今は、そのような仕来りも薄れ、元日の夜にもお風呂に行っています。
 今日2日も、色々と年始の客があり、ゆっくりできない1日でした。
 お酒も沢山飲みました。
 明日は、お昼頃から、妻の実家の正月客で親戚一同が集まってお祝いです。
 今日は、元日の地元新聞の「新春読者文芸」欄の川柳部門の優秀句をお届けします。
 今年の「新春読者文芸」欄の川柳の課題は「明るい」と「線」でした。
  課題「明るい」    島田駱舟選
  一席 落書きの明るさしばし取っておく  吉井たかよ
  二席 女三人笑い袋を抱いて旬    平田朝子
  三席 ラクビーがトンネル抜けた南ア戦  木下建矢

  課題「線」     森中恵美子選
  一席 まだ線は細いが大器晩成だ   吉田眞弓
  二席 直線を歩くジュークの無い男  渡辺幸士
  三席 目に見えぬラインがいつも邪魔をする  古川真秀子
 如何でしたか、これらの他に課題ごとに10句の入選句がありました。
 皆さんに笑われるような話ですが、私も句を詠んでいたのですが、締め切り期日を間違え、投句できませんでした。
 私のまぼろしの投句を読んでください。
  課題「明るい」  島田駱舟選
   一日中昼間のような妻が来た   萬風
   宇宙から明るい話題降ってくる
  課題「線」   森中恵美子選
   電線に並ぶ雀の平和論      萬風
   お腹の線丸く脹らみ母となる

  今年は、昔やっていた杵柄で、写真を頑張ろうと思っています。
 良い写真が撮れて、ブログに掲載できればと、頑張るつもりです。


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2015年12月24日

「わらづと納豆」に挑戦

 昨日の日本列島の北海道と沖縄の温度差は、48度あり、北海道では防寒服、沖縄ではTシャツだったようです。
 今日は、クリスマスイブなので、街中はジングルベルの歌が響き合うのではないでしょうか。
 今朝も何時もどうり、朝刊に目を通していたら、気になる記事が3つほどありました。
 その一つは、子供たちが手作り「わらづと納豆」作りに挑戦した話です。
 二つ目は、受験生のためにお参りしている「日限地蔵」、三つ目はサンタの話です。
 「わらづと納豆」作りは、県北部の老人会が小学生に、昔ながらの伝統である納豆の作り方を教えられたという記事です。
 私も小学生の頃、母が12月になると「わらづと納豆」作りをするお手伝いしました。
 大豆を煮て、藁に包んで、毛布など被せて温度を保つと、2,3日後にはネバネバした美味しいなとが出来たのがとっても不思議でした。
 私が納豆が大好きなのは、この頃の経験が体に染みついているのかもしれません。
 二つ目の「日限地蔵」は、熊本市内のど真ん中の民有地にある地蔵さんお話ですが、受験前になると、朝早くから子供の受験の合格を願掛けする人でごった返しています。
 私の母も私の受験の頃、よくお参りに行ったそうです。
 私も息子の受験の時には、親馬鹿ながら何度か、通勤途中にお参りに行った記憶があります。
 いつの時代も子供の受験には、親は目がないようですね。
 最後に、サンタの話ですが、ボランティアでサンタの夜久を、ここ数年やっている人の話がありましたが、私も10年近く前、民生児童委員をやっていた時、地域のクリスマスパーティーで赤い服を着て、白い髭をつけて、子供たちに「メリークリスマス」と呼びかけながら、お菓子や文房具を配ったことを思い出しました。
 今日は、私が過って経験した話の新聞記事についてです。


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2015年12月13日

熊日連載「わたしを語る」バトンタッチ

 今日は、天気も良く、冬らしくない一日でしたが、関東以北では激しい風、嵐が吹きまくっているようです。
 数日前から、庭に立てている椎茸がどんどん芽を出し始めましたが、ちょっと太陽の日差しが足りないのか、湿っぽいようです。
 しかし立派な椎茸ができています。
 毎日、畑の野菜や庭で出来た椎茸など夕餉の食卓を賑わしています。
 熊日新聞に連載されている「わたしを語る」は、ここ数年楽しんで読ませています。
 先日まで連載されていた元米国名門ホテルコンシェルジュ野田恭子さんの「英語でおもてなし」が42回目を最後に終わり、二日前から熊本大学名誉教授石原修さんの連載が始まりました。
 野田恭子さんの連載も女でありながら男の私が羨ましいほどのアメリカでの活躍ぶりには、頭が下がる思いをしながら読みました。
 石原修さんの連載は、始ったばかりですが、私と同じ世代を生きられ、私の昔の生活、遊びがそっくりで、懐かしく、楽しく読んでいます。
 これからどんな面白い話が展開されるか楽しみです。

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2015年10月30日

熊日新聞連載「わたしをかたる」

 今朝は、畑に行こうかと思っていました時に、ぱらぱらと小雨が降りはじめたのでやめようかと考えましたが、この時ばかりと思って合羽を着て畑に向かいました。
 早速、昨日水に浸していたほうれん草の種を丹念に蒔き、高菜の移植を30株ほど行いました。
 雨の日でも、畑に行けば、新鮮な空気も吸えるし、心が落ち着きます。
 私は、毎日必ず見るのが朝ドラ、必ず読むのが熊日新聞連載の「わたしを語る」です。
 「わたしを語る」は、今日まで40回の連載を書かれたラーメン店「こむらさき」の二代目店主山中禅の話が終わり、明日から新しく野田恭子さんにバトンタッチです。
 こむらさき二代目店主山中禅氏の熊本ラーメン「豚骨砕身」は、楽しく読ませていただきました。
 私とラーメン店こむらさきとの関わり合いは、高校時代からです。
 上通りの長崎書店に本を探しに行った帰り、友達と一緒に行ってラーメンをすすりました。
 大学浪人中も、県立図書館で勉強していたので、お昼に浪人中の友達とよく食べに行きました。
 大学中も帰省した時には、熊本駅から、真っ先にこむらさきに行ってラーメンを食べて家路につきました。
 明日から始まるわたしを語るの主人公野田恭子さんとは、私が在職中に中央公民館いた時、野田さんが熊本観光英語ボランティアガイドの育成に努力されていたのでお手伝いをしました。
 この時、小学生の英語ボランティアも育った記憶があります。
 また、英語の通訳も何度かお願いしました。
 野田さんのどんな話が聞けるか大変楽しみです。


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2015年09月22日

わたしを語る「熊本ラーメン豚骨砕身」

 今日は、妻が横浜の孫に会いに行ってから4日目です。
 妻がいない4日の間、もし一人になったらと思ひ炊事、洗濯など頑張ってやってみましたが、兎に角大変だということが分かりました。
 老い二人、どちらが欠けても大変だと感じました。
 今朝も早起きで、膝と腰の痛みが少しありましたが、先日植えた白菜とブロッコリーが気になっていたので、水を遣りに出かけました。
 そのついでに、ほうれん草とニンニクを植えてきました。
 兎に角、畑が広いので色々と植えていますが、市場に出すわけでもないので、収穫とお裾分けが大変です。
 横浜の息子の家族全員が野菜好きなので、頑張り甲斐があります。
 明日、明後日と雨模様なので、雨が降った後に、春菊やチンゲン菜の種を蒔こうと考えています。
 今日の話はタイトルの「熊本ラーメン 豚骨砕身』の話です。
 わたしを語る能役者狩野e鵬氏の「生死の境を歩む」が、数日前に終わり、今回は、ラーメンの話が始まりました。
 前回の連載では、能の知識だけでなく、人間の生き様についても色々と学ばせてもらいました。
 とっても素晴らしい話で、毎朝の朝刊が待ち遠しくらいでした。
 また、今回の「熊本ラーメン豚骨砕身」も楽しく読ませて貰っています。
 兎に角、大学生時代、帰省して熊本駅について、一目散委向かったのは、上通りの一番上に会った「こむらさき」のラーメン屋で、とんこつラーメンを食べていました。
 そんなに、ラーメンが好きでも無かったのですが、東京の学生の間では、熊本の帰ったらまず「ラーメン」の言葉が合い言葉でした。
 まだ、今回の連載は今日が3回目ですが、これから色々な話が聞けると、学生時代が甦りそうです。
 今日、中央大学時代のゼミの友人萬木修君から手紙が届きました。
 手紙によれば、私の息子が横浜に居て、孫の事をブログで詠んだらしく、11月の横浜旅行の際に会おうかと誘いを受けました。
 ぜひ会いたいと、今からわくわくしています。
 あれから、約50年、お互いに歳を取っている事でしょう。


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2015年09月21日

熊本日日新聞社読者文芸欄から

 ここ数日の膝と腰の痛みから、畑での仕事もできず、またゴルフの練習も行けずの生活で、パソコンに向かって溜まった資料を作成したりした生活をしていますが、落ち着かない日々です。
 先日、畑に行った時、綿の木が実をつけ、その実の幾つかがはじけて、綿が出来ていました。
 この綿の実は、今年の4月に西南と名のつくロータリークラブの交流会があった岡山の倉敷から貰てきた種を畑に植えて成長したものです。
 昨日の日曜日は秋晴れの中を藤崎八幡宮大祭の神幸行列が熊本市内を練り歩き、その後を勇壮な「馬追い」が街頭の観客を喜ばせていました。
 若い頃、何度も参加した「馬追い」ですが、懐かしいものです。まだ箪笥の中には参加した時付けた腹掛け、法被が眠っています。
 月に2度ほど掲載される熊本日日新聞の読者文芸を楽しんでいます。
 一番のお目当ては川柳ですが、短歌や俳句も読んでいます。
 投句者の中には、一度も顔をあわせたことはありませんが、名前だけ馴染みになった方も少なくありません。
 ところが、短歌の投句者の中に、珍しく、初顔の市役所時代の上司のお兄さん「道越温」さんの句がありました。
 その句は
  花ならば肥後は芍薬菖蒲椿朝顔山茶花に菊   道越温
 道越さんは、県庁マンでしたが、熊本の想いを込めて、肥後六花を詠まれているようです。
 これからも、短歌と言わず川柳も詠んでほしい気持ちです。


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2015年08月21日

ある大学生の大志

 今朝は、夜半に雨が降って、庭の花や木に水遣りの必要がなっかたので、朝刊を読み終わった後、畑へ直行して、人文字の苗を植え、大根の種を蒔きました。
 朝早い畑の空気は、綺麗で、新鮮でおいしいですね。
 今日は、ロータリークラブの仲間の息子さんの地元新聞の記事「熊本の米 海外に広げたい」について、お話をします。
 熊本の美味しい米を熊本の農家を守るため、世界中に届けたいと大志を抱いているのは、熊本学園大学4年の栗崎竜太郎君です。
 この龍太郎のお父さんと私は、熊本西南ロータリーの仲間で、一緒に奉仕活動を頑張っています。
 龍太郎君とも西南ロータリークラブの家族会のパーティーで会った事がありますが、体格の良い、真面目そうな人でした。
 今回、文部科学省の若者を支援する「トビタテ!留学JAPAN】制度を利用して、米の販路拡大を目指して、9月からシンガポールに留学する龍太郎君を西南ロータリーの会員一同声援を送っています。
 龍太郎君は、家業の米穀店を継ぐ決意もしているそうですので、若いのにしっかりしているようです。
 頑張って、勉強してきてください。


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2015年08月17日

「平和のバトン展」から

 昨日は、午後は雨の予想でしたが、雨も降らず、楽しいゴルフをが出来久しぶりに満足した一日でした。
 今朝は、夜半から雨が降り、雨が嫌な人もいますが、我が家では慈雨のお蔭で庭の花や木々は元気にしています。
 今日は、びぷれす熊日会館7階で、今月の1日から始まった「戦後70年 つなげよう平和のバトン」展のお話です。
 この企画は、熊本日日新聞、熊本放送、熊本市が共催で行ったものです。この企画を通して戦時中の暮らしを伝える資料、写真の展示、戦争体験者の語り部トーク、アナウンサーによる読み聞かせ、戦時色「すいとん」の試食会があり、連日、幅広い世代の人たちで賑あったそうです。
 私も訪れたいと思っていましたが、行けなかったので、毎日、新聞記事に目を通しました。
 その記事の中に戦争体験者の語り部トークに、私が講師をしている新老人の会の川柳教室の講座生の方が数人参加されていました。
80歳を越えられた橘昭子さん、鬼塚和子さん、90歳を越えられた福田島子さんの三名ですが、戦時中に自分の於かれた環境をもとにトークされたようです。
 3名の記事は、スクラップしているので、8月の川柳教室の時に、いろいろお聞きしたいと思います。
 このようなしっかりした高齢の方と川柳が勉強できる私は、幸せ者です。


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2015年08月09日

原爆が熊本に投下されていたら

 今朝は、午前中に校区の自治協議会とPTAの共催で、熊本南消防署で防災訓練が予定だれていましたので、朝からの畑行きは止めて、たっぶりと庭の植木や花壇の花に水遣りを行いました。
 防災訓練は、ここ数年やっていますが、公園などの外では暑いので、昨年かは消防署の屋内で、講話、心臓マッサージ、火災の際の煙体験を行っています。
 今日も校区内の自治会の役員、小学校の児童など100名ほどの参加があり、真剣に体験していました。
 70年前の8月6日に広島に、今日9日に長崎で原爆が投下されました。
 今日の地元新聞の一面に、「一歳直前に被爆された 田尻寛子」の原爆投下から70年の間の苦労の記事が掲載されていました。
 この記事は、何もわからない1歳直前に被爆され、これまで70年に色々な苦労があったようです。
 高校時代には貧血や気だるさなど体調に悩まされたこと、結婚についても被爆したという事で見合に失敗があった事など大変だったようです。
 長崎の原爆投下は、当初の計画では北九州の予定だったそうですが、天候不順で計画変更で長崎に投下されたという話を聞きました。
 この新聞を読んでいて、田尻寛子さんと同じ年の私は、もし、長崎に投下された原爆が、もし熊本市内に投下されていたならばと思うと、身震いをしそうになりました。
 今後、原爆が使用されては、絶対いけないと思いますが、もし、原爆が使われるような戦争になれば、地球は破滅するのではないかと思います。
 兎に角、熊本に原爆投下がされなかったことは、私の一生のとって幸運だったと思っています。


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2015年06月08日

熊日新聞「読者文芸」欄から

 昨夜から、梅雨に戻りしとしとと雨が降り続いています。
 庭にたくさんあるあじさいは、青、赤、ピンク、白と色とりどりの花が咲いています。
 我が家を訪問された方は、皆さん一同に綺麗なあじさいの花ですねと誉めて頂いています。
 今朝は、一昨日、妻の実家から収穫してきた梅を砂糖漬けと塩漬け(カリカリ)を行いました。
 月曜日の朝は、地元熊日新聞の朝刊に月に2回掲載される「読者文芸」欄を首を長くして待っています。
 この文芸欄には、「短歌」「俳句」「川柳」が掲載れていますが、先ず「川柳」から、「短歌、俳句」と一読します。
 川柳は、噴煙の川柳仲間を初め、大体同じ顔ぶれですが、最近は少しづつ新しい名前が目につきます。
 今日の川柳の掲載句に、私の心を詠んでくれたような句が数句ありました。
 それは畑仕事や雑草との戦いの句で共感を覚えました。
 それらの句を数句紹介いたします。
  爽やかな目覚め畑が待っている  中原たかお
  日に三度野良着を晒す夏が来た  伊萩柳一
  日に一度会わずにおれぬ青田です 久保洋子
  雑草に宣戦布告釜を手に     長瀬狂介
  季節遅れ他所の畑見て種を蒔く  下津俊一
 一反ほどの畑で四季折々の野菜に挑戦しているので、忙しい毎日ですが、暇を見つけては畑に行っています。
 これから、私も農作業などの句作りにも挑戦したいと思いました。
 文芸欄の短歌に、川柳仲間の森永可恵子さんと益城町の川柳教室で一緒に学んだ三浦タエ子さんの短歌が入選していましたのでお届けします。
 阿蘇の野に瑠璃色の風吹き渡るオオルリシジミ群れて舞う頃   森永可恵子
 日本の名城切手を購いて最後まで残す熊本城を         三浦タエ子
 川柳を始める前に、短歌に挑戦しようかと思ったこともありました。
 暇を見つけて、短歌も詠みたいですね。


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2015年05月19日

熊日新聞読者文芸から

 今月は、兎に角忙しく、何時もよりブログを書く数が減っています。
 昨日も書かなければと思いながら、疲れで眠っていしまい、目が覚めたのは今日の午前1時でした。
 今日は、何かとストレスが溜まっているようだったので、朝刊2紙を読んだ後、畑にに向かって草取りを励みました。
 畑でお日様を拝み、新鮮な空気を吸ったら清々しい気持ちになりました。
 畑から帰って朝ドラ「まれ」見ながら朝食をとった後、ここ数日休んでいたゴルフの練習をがんばりました。
 今日は、熊日新聞の月曜日の朝刊の記事「読者文芸」の話です。
 先ず川柳ですが、今日の入選者は、初めて名前を見る人が多かったようです。
 少しずつでも、川柳人口が増えているようで喜ばしい事だと思います。
 川柳大会でお会いする坂口美穂子さんが三才に選ばれていました。
  晩学の私にエールする若葉  坂口美穂子
 それから、短歌ですが、益城町川柳教室で3年間頑張られた三浦タエ子さんが入選されていました。
 「出てこんね」腕豆の花呼びかくる腰痛に籠る窓辺に揺れて  三浦タエ子
 また、川柳仲間阪本ちえこさんが、短歌では「坂本千恵子」の本名で投稿され入選されていました。
  芝生には草ははえぬと想わせた亡父の手入れを今思う庭  坂本千恵子
 熊日新聞「読者文芸」の川柳を初め短歌、俳句を楽しく読ませてもらいました。

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2015年05月13日

熊本市役所花畑町別館

 今日は、日本中が、台風一過のあと真夏日のようで、熊本も例外でなく熱い真夏日でした。
 私は、午前中は畑仕事、午後はゴルフの練習を行いましたが、2度汗びっしょりになりました。
 暑いだけでなく、時折強い風も吹いていましたが、体育祭の練習を行っていた熊本市内の中学校のテントが吹き飛んでけが人が出たと、夕方のテレビが報じっていました。
 今日の朝刊に、熊本市役所の花畑町別館が、今年度で閉鎖される記事がありました。
 この花畑町別館は、1936年(昭和11年)の竣工で郵便局や病院など「逓信建築」を手掛けた逓信省技官・山田守氏設計のされ「旧熊本地方貯金局」として使われたものを、熊本市が譲り受け別館として使われていました。
 特に、現在の熊本市庁舎が建設される時に、臨時的な庁舎として市長が執務される秘書課、議会事務局などが入居しました。
 私が所属していた文書課も秘書課の隣に入居しました。
3月9日に亡くなった今村修一君とも、この別館で仕事をした思い出の深い仕事場でした。
 この建物は、歴史的近代建築としても知られているもので、機能性と空間の両立する曲線を多用した山田守氏の設計理念を、玄関付近の印象的な局面璧や流れるような階段空間を見ることができます。
 また、この建物の古いエレベーターを利用したことも懐かしいものです。
 この別館が、今後、利用されるのか壊されるのは、これから検討されるようですが、出来るなら利用を探し、今後残されることを期待するものの一人です。


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