2017年11月28日

熊本県民文芸賞入賞者発表

 今朝の熊日新聞に第39回熊本県民文芸賞の審査結果が掲載されていました
 この文芸賞は、熊本県芸術文化祭の一環で、県民の文学的才能の育成と地域文化の振興が目的であります。
 今年は7部門に438名の参加があっています。
 
 昨年、今年と私は、文芸賞の川柳部門の審査に携わってきたので、発表を待っていました。
 入選された方々のほとんどは川柳仲間ですが、入賞者が新聞を眺めながら、自分の名前を見て、笑みを浮かべておれれる姿が、目に浮かびます。

 一席に入賞された吉岡静生さんは、私と一緒に熊本県内の川柳界の裾野を広げようと頑張っている方でもあり、九州の色々な大会でも活躍されています。
 また、二席に入賞された中田博さんは、夫婦で数年前に川柳を始められ、昨年は奥様が三席に入賞されました。今が一番川柳の面白い時の方の作品です。
 三席の道田由佳さんは、県内の川柳大会で、良く入選されるベテランです。

 川柳以外の部門の俳句や短歌の入賞者の中には、川柳で活躍されている方が数名いらっしゃいますが、文芸というのは、どこかで繋がっているのだと思いました。
 川柳と肥後狂句、川柳と俳句、川柳と短歌の同時入選が有りますが、特に川柳仲間の嶋本慶之介さんが「評論・ノンフックション」部門で入選されていたのには、驚きと尊敬を感じました。
 入選作品の内容は、川柳に対する考察だそうで、早く読ませて貰いたいものです。

 私も先ずは、川柳の力を伸ばし、俳句か詩に挑戦したいものです。



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2016年12月12日

今年の 一文字は「金」

 今日は、熊本県民文芸賞の入賞者の受賞式が、メルパルクで行われたので、川柳部門の審査員として出席しました。
 授賞式については、明日お話をしたいと思っています。
 今日の午後、毎年12月の恒例となっている、今年の一文字の発表があって、「金」に決まったようです。
 この「金」は過去にオリンピックが開催された年に毎回、選ばれているようです。
 「金」と言えば、多くの国民に一番印象に残ったのは、ブラジルで行われたオリンピックで多くの「金メダル」の獲得の影響が伺われます。
 また、今年はお金にかかわることも色々ありましたが、国民が一番影響を受ける「マイナス金利」の事ではないでしょうか。
 過去に、預金の金利が高かったことを知っている人は、経済の失敗を感じているのではないでしょうか。
 私にとって「金」と言えば、貧しかった幼い頃に、大きくなったら勉強をして、偉くなって、お金を稼ぎたいと思ったものです。
 現在は、自分の努力もありましたが、祖父母、両親のお蔭で、人並みの、人並み以上にお金に恵まれています。
 もう一つ、金と言えば指輪や時計の「24金」ですが、亡父の弟でペルーに移住した叔父が両親に送ってくれたブローチ、指輪などの金の事がが鮮明に記憶に残っています。
 また、金の延べ棒が買えたら、買って将来に備えたいものです。
 夢のような話ですね。



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2016年08月12日

川柳講座「みんなでたのしく川柳」やっと再開

 ここ二日ほど、何かと忙しくブログを書くのをサボってしましました。
 10日は、熊本西南ロータリークラブの有志の方に、ロータリー退会の送別会をしていただきました。
 ロータリーでは、入会の歓迎会は有りますが、退会の送別会は行わないのですが、若い会員を中心集まって貰い感動しました。
 また、記念品として「パーカーの万年筆」を頂きました。
 私が趣味として川柳をしているので、その万年筆を使って、頑張って下さいということのようです。
 ロータリーは、退会はしたものの、熊本地震、妻の実家の水がなどの後処理で忙しく、一向に暇が出来ません。
 暇を作らない、出来ないは、私の性分かもしれません。
 今日の午後は、4月8日を最後に、地震のために休講していた川柳講座「みんなでたのしく川柳」再開することになりました。
 場所については、これまで行っていたまし町男女共同参画センターが、まだ避難場所になっているので、近くの地域公民館で行われます。
 講座生の皆さんとは、約4か月ぶりに会いますが、元気な皆さんと会えるものと信じています。
 今日の宿題は「夏休み」ですが、どんな佳吟を詠んで来られるか楽しみです。
 また、新しく講座生になられた森さんとも会えるので楽しみです。


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2014年07月07日

新連載小説「御用船帰還せず」

 昨日で熊本日日新聞連載小説「親鸞・完結篇」が終わり、今日は休刊日ですので、明日から新しく連載小説が始まるようです。
 今回の取設の作者は、経済小説や推理小説の取り組んでこられ田相場英雄さんで題名は[御用船帰還せず」ですが、歴史小説は初めてだそうです。
 もう一つ初めてという事があるそうですが、それは新聞連載小説だそうです。
 現在新聞離れが加速している中に、書店に新聞連載を読んで書籍を買いに来る人が多いようで、新聞連載小説をいつか挑戦したいと思っていたのが、今回実現したそうです。
 また、時代小説に挑戦したいと思っていたのには、もう一つの理由があったようです。
 それは、幼い頃祖父の膝に乗りながら、テレビを見ていた時代劇の思い入れがあるからそうです。
 今回の小節の主人公は、江戸時代の中気、元禄期に徳川綱吉に取立てら、金銀本位だった貨幣を改鋳し、デフレを回避しようとした勘定奉行の「荻原重秀」です。
 この小説で、江戸末期時代の歴史上の人物が合えるのが楽しみです。
 明日の朝刊でのこの小説がどんなっスタート着るのでしょうか。


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2014年07月06日

親鸞「静かに息絶える」

 今朝は、どんよりと曇っていましたが、プランター6個に植えていた苺も6月の半ばで実も終わりました。
 今朝は、そのプランターの苺を畑に持って行って、来年の苗を取る準備をしました。
 朝食の後は、健康まちづくりの会議用の資料つくりを考えましたが、なかなかうまく生きませんでしたが、兎に角、明日の資料なのでやっと仕上げました。
 それから、明日は雨で出来るかどうかわからないけど、ゴルフが予定されているので、1時間ほど練習しました。
 昨年の7月から地元新聞熊本日日新聞など全国で連載が始まった「親鸞・完結篇」が、今日7月6日をもって終わりました。
 約1年間、朝起きると先ず、真っ先に読んだのが「親鸞・完結篇」の記事です。
 ここ一週間ほどは、どんな形で終るのかと考えていました。
 親鸞は、数日前に、雪の庭に出かけ、転んで、そのまま床に臥す日が続きました。
 床に伏してからは、娘が用意する食事は拒み続けました。
 そして、今日、子供や一緒に住んでいた6名の方が、見守る中に安らかに息が耐えました。
 私もこのような死に方ができるならと共感しました。
 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、親鸞は最後まで唱えながら


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2011年10月05日

久しぶりに熊本県立美術館へ

 朝から、久しぶり小雨がぱらついていたので、先日移植したイチゴには、恵みの雨でした。
 今日は、何の予定もなかったので、私のクラウンの定期点検に行き、その足で、昨日から熊本県立美術館の細川コレクション「永青文庫展示室』で始まった『参勤交代 大名たちの大移動」展を見に出かけた。

 熊本城内にある美術館なので、久しぶり城域を散策しましたが、如何に熊本城域の広さを改めて感じました。
 また、雨の熊本城も情緒があり、良いなあと感じました。

 参勤交代展ですが、展示物はそんなに多くありませんでしたが、永青文庫の歴史的資料の多さにはびっくりしました。

 また、今回の参勤交代展で、多くの参勤交代、特に細川藩のことについて知ることができました。

 参勤交代は、豊臣秀吉の頃に始まり、230年間続いたそうです。

 細川藩は、肥後から江戸まで1100キロを普通は、35日日かけておこなったそうです。
 島原の乱がおこった年の参勤交代が、最短で14日、斉樹(なりたつ)公が、途中で病気になられたときに最長66日かかったようです。

 参勤交代の随行の数も、一番派手に行われた時が2700名、緊縮令が出されて少なかった時でも600名ほどの随行があったので、藩の財政にはかなりの影響があったようです。

 展示物の中には、13代当主の大名行列を描いた絵巻、参勤交代に際して持ち運んだ数寄道具、色々の記録などがありました。




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posted by osamu at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月23日

熊本の昔話を訪ねて

 今朝も、クマゼミの蝉しぐれの騒音に起こされ、楽しみにしていたスイカ畑の整理を始めました。

 順調に育っていてスイカが、豪雨が続いたために根腐れを起こし全滅しました。
 聞くところによると、ロータリーの仲間のスイカ畑も同じように収穫直前に全滅したそうです。

 来年は、ちょっと工夫を施さないと同じことが起こりそうです。

 虚は私が昔読んだ昔話を訪ねて「くまもと散歩」の中から私の郷土の話「大慈禅寺の小僧どん」を紹介します。

 子供向けの面白い話です。

 川尻の大慈禅時。この寺は、今から700年も前に寒巌義尹禅師という偉い御坊様が建てた寺です。
 時の領主川尻泰明の手厚い保護を受け、広い寺領を持ち修行僧も百人を超えていました。

 ある日のこと、この寺にわずか七歳の小僧さんが入門してきました。
 これが、幼いながらなかなかの頓知のきいた小僧で、自分を自分で「万十」と称していました。

 そこである時、この小僧さんが万十を食べていたのを寒巌禅師が見て「万十が万十を食うとはこれいかに」と問うと、この小僧さん「大蛇が子蛇をのむごとし」と、即座に切り返しました。

 股の別の日、大慈禅時の前を通る船を見て、寒巌禅師が「あの船を止めることができるかと」と聞くと、小僧さんは、なんとふすまと障子を閉め、船が見えないようにしてしまったそうです。

 実は、この小僧さんこそ、後に菊池武重に招かれ、菊池一族の精神的、政治的な指南役となった大智禅師だったのです。

 時折、こんな昔話を読むのもいいですね。


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2009年06月09日

天声人語

 九州をはじめ、梅雨入りの気配である。空はどんより雲って、蒸し暑い感じがしています。
 畑仕事も一段落したので、書架を覗いていたら、私が以前古本屋で買った単行本「天声人語」が目に止まった。
 退職でもしたら、ゆっくり読もうと思って買ったのかも知らない。
 8冊からなっていて、1945年から1975年まで30年間の天声人語が収録されている。
 この天声人語は、皆さんご存知の朝日新聞のコラムである。
 このコラムの歴史は、古い。
 朝日新聞創刊25周年記念にあたる明治37年1月5日に誕生している。
 天声人語は、中国の古典にある「天に声あり、人をして語らしむ」からとって名づけられたらしい。
 今日は、一巻の最初に取り上げられている1945年(昭和20年)9月6日の記事を紹介します。
 翔派20年といえば。第二次世界大戦で日本が敗戦した歳であり、私が生まれた年である。
 「敗戦」
 東久邇首相宮殿下には、切々数千言をもって、大東亜戦争の結末に至る経過と敗戦の因って来る所以を委曲説述され、今後平和日本創建の方途を示された。
 「敗戦に因って来る所は、もとより一にして止まらず今日我々がいたずらに過去に遡って誰を責め、何を咎むることもないが前線も銃後も、軍も官も民も国民尽く、静かに反省するところがなければならぬ」
 この首相宮殿下の御言葉の通り敗戦の責任は国民斉しくこれを負荷すべきである。
 ただこの大いなる責任に対して、何を持って向く酬油べきか、刃を持って自ら命を絶ち罪を天下にわびるものもあった。
 また黙して、その職を退くのも責を退く途といえるであろう。
 退いて責を引くよりも、進んで、今後の難事に献身することこそ責任を知る方途であるという論もたつ。
 この重大事に直面して責任を身にひしひしと感じないものは日本国民、ひとりとしてあるはずがない。
 その責任の感じ方、また、引責の方法についての考え方は、各人に信ずるところがあり、それを、とやかくあげつらうべきではない。
 首相宮殿下は、また、征戦4年、一億国民の敢闘の意力、尽忠の精神力を指摘され、それを永く記憶されるべき民族の底力と呼ばれた。
 この底力をもってしてなおかつ敗戦を見るにいたった今次戦争を何故戦わねばならなかったかについて、われわれは、深き想いをいたさねばならぬ。
 われわれは、戦争の上にあるべき高い政治について、聡明と努力を欠いていなかったか。
 世界を挙げて、この戦争を契機として形容実質ともに大変転をとげつつある。
 この世界政局に掉さしてゆく日本再建の発程に先ず政治基盤の樹立が求められる。
 首相宮殿下は、特に言論洞開を強調遊ばされた。
 この御言葉を戴いて、本欄を「天声人語」と改題し、今後ともに匪窮の誠心を吐露せんとするものである。
 終戦直後、東久邇首相宮殿下の御言葉を機に「天声人語」と改題されて始まった「天声人語」如何でしたか。
 時代が伺える難しい言葉や漢字が見られます。
 当時の「天声人語」を読んでいると、温故知新の心境に浸ることができるような気がします。
 新聞のこの種の「欄」は、どの新聞でも人気があるのではないでしょうか。
 私も読売新聞の「編集手帳」、熊日新聞の「新生面」を愛読しています。
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posted by osamu at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月11日

文学座「ゆれる車の音」鑑賞

 毎日、朝早く起こしてくれた「ウグイス」が何処へ行ったのか「ホーホケキョ」の声が聞けなくなりました。
 しかし、庭には、つつじをはじめ色々の花が咲き誇っています。
 芝つつじもピンクや白の花をつけて地べたでりんと咲いています。
 朝起き抜けにきれいな花を鑑賞するのは気持ちの良いものです。
 朝夕、花に水をやるのが日課になってきました。
 先日、会員になっている熊本市民劇場の題339回例会の公演が熊本県立劇場で行われました。
 出し物は先日までテレビで放映されていた「渡る世間は鬼ばかり」に出演していた幸楽の主人役の「角野卓三さん」が主役を演じる『ゆれる車の音』でした。
 劇の内容は、戦後の混乱を必死で生きるが不器用な角野卓三演じる『テキ屋』の話ですが、コミック調に演出されていましたので上演の2時間は、笑いこけていました。
 11名の役者さんが舞台の上を所狭詩と駆け巡り、笑いを起こす所作には感動を覚えました。
 『渡る世間』の親父バンドで美声を聞かしてくれた角野さんの生の歌も大変上手でした。
 戦後を少ししか知らない私ですが、幼い頃の戦後を懐かしむ事も出来ました。
 何時も思うのですが、役者さんてすごいな、3時間ほどの台詞をよく覚えられるものだと。
 次回の公演は、6月で、デイビッド・ヘアの作品を『奈良岡朋子さん』や『入江杏子さん』が出演する「エイミーズ・ビュー」です。
 6月の公演が待ち遠しいです。
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posted by osamu at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月16日

地元新聞の文芸欄から

 春の訪れを呼ぶ「野焼き」が始まり阿蘇の山では、赤い炎が燃え尽き黒焦げの山肌が、日本最大のカルスト台地で知られる山口県の秋吉台では、黒く焦げた焼け跡に白い石灰岩が浮かび上がり、草原は4月の新芽を待っています。
 昨日は、息子嫁からバレンタインのチョコが届きました。
 立派過ぎるチョコで感謝しています。
 今日は、熊本日日新聞の文芸欄に、川柳仲間や昔の知り合いが、短歌や俳句に投稿している作品が目につきました。
 今日は、それらの俳句と短歌を皆さんに。
 俳句     岡田日郎選
  坊守の籾殻ストーブ焚きくくる    池田美千代
   教育委員会勤務時代にお世話になった方です。
  大方は鋭角に折れ蓮枯るる      古川淳子
   この方とは、教育委員会の時、高校生を連れて、一緒にアメリカ・サンアントシオ市に行きました。
 短歌     小島ゆかり選
  犬連れて人の歩める朝の道ひとりの吾は草にもの言う
                      杉村凡裁
  選者評 犬は、家族であり友である。犬連れの人にはいかにもそんな親和感が漂っている。草にもの言う作者の姿には、淋しさと同時に、草という自然への情もかんじられる。
   凡裁さんは、俳句、短歌、川柳、肥後狂句すべて嗜まれておられます。
  自分の名覚えハーイと返事する幼なは社会の個人となりて
                      森永可恵子
   この方も俳句も川柳も大変上手です。
  たまには、俳句や短歌を鑑賞するのもいいですね。
  皆さん如何でしたか。
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posted by osamu at 08:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする