2017年08月03日

ふるさとの歴史川尻の一節から

 今日は、昨日に比べると台風5号の影響もあったのか、30度をちょっと越えた程度の暑さでした。
 しかし、立っているだけで、汗が額から、背中から流れ、2回ほど着替えました。
 先日、息子夫婦と孫が横浜から帰省した時に息子の厄入りと孫の3才のお祝いの宮参りの帰りに、私と息子が卒業した中学校のある川尻の伝統工芸館に寄って、刃物や桶などの見学をしました。
 その時、館内の片隅に一冊の本「ふるさとの歴史川尻」が目に止まり、買って帰りました。
 孫たちが横浜に帰った後、早速ページを捲ったら、これまでに川尻について大方知っていたと思っていたが、まだまだ、知らない事が沢山載っていました。
 その本の中の「川尻の伝統、風物」の中に「精霊流し(しょうろうながし)、筏流し、砂利取り舟」の話が記載されていました。
 今日は、その中の「筏流し」についてお話します。
 この筏流しの話は、甲佐町の西原地区から川尻まで、緑川を使って、筏で砥用、矢部、甲佐の材木を運んでいたという話です。
 甲佐町の西原地区が私の妻の実家の隣の地区と分かって吃驚しました。
 妻の祖父から、先祖は自分の山の材木を切って、筏で川尻まで運び、祖父自身も何度か筏に乗って、川尻まで行って、帰りに川尻の町でいろいろな物を買って帰っていたという話を聞きました。
 また、妻の母方は甲佐で一番の山持ちだったので、おそらく、ここの山で切った材木もここ西原地区から筏で運ばれたのでしょう。
 筏師たちは、帰りは川尻電車、遊園鉄度を乗り継いで帰ったそうです。
 

    応援のクリックを御願いします!目指せ1位。
ちなみに現在は…??
にほんブログ村 ポエムブログ 川柳へ
posted by osamu at 23:39| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: