2012年09月06日

熊本県庁四遷

 先ごろ亡くなられた寺本隆満さんから譲り受けた川柳の本や毎月購入する本で、書棚が手狭になり納屋の方に移す本を整理していたら、熊本日日新聞社発行の「写真集 熊本100年」が出てきました。
 この写真集は、昭和60年11月に発行され、定価が15000円ですが、まだ給料が安い時によくぞ買ったものだと吃驚しています。
 きっと、この頃は、カメラを何台も持って、一番写真に熱中していて、頑張って買ったのかもしれません。
 この写真集の「県都の歩み」冒頭に、熊本県庁の移転の経過、「県庁四遷」の記事があり、四か所の県庁の写真と説明文がありました。
 私も今の県庁と現在熊本交通センター似合った庁舎走っていますが、そのほかの場所はあまり知りませんでした。
 そこで今日は、熊本県庁四遷についてご紹介します。
 一番古い白川県庁(当時はこのように言ったのかもしれません)は、二本木町にあったそうです。
 古城の熊本県庁
 この白川県庁が市街地から離れている上に、たびたび水害に逢ったため、明治8年11月24日に古城病院後に(現在の第一高校地)に移転開庁しました。
 翌年2月22日に県名も熊本県と改称し表札も熊本県庁と書き改められました。
 白川公園時代の県庁
 明治19年に鎮台から移転を要望され古城の県庁は、南千反畑町(現白川公園)に新築して明治20年1月開庁した。
 白亜の県庁はこの地域の一異彩であったが、昭和20年7月1日の空襲で焼失し、59年のの歴史を閉じた。
 御幸町時代の県庁
 昭和20年の羅災以後熊本市公会堂(現市民会館)を仮庁舎としていた県庁は、5年後に南側の専売局煙草工場跡(現熊本交通センター)に新築、移転した。
 総工費5400万円、しょうしゃな木造2階建てであったが、昭和32年ころから改築の機運が高まってきた。
 出水の現県庁
 県庁の移転候補地は何カ所か挙げられていたが、昭和39年に決定し、翌年、起工式が行われ、昭和42年3月に完成した。
 敷地約7ヘクタール、鉄骨鉄筋コンクリート地上13階地下2階の本館の本館、右側に3階建ての議会棟が建ち、銀杏並木も植えられた。
 現在は、本館だけでは手狭になり、新館も建てられている。
 如何でしたか。県庁の変遷。少し県庁について詳しくなりましたでしょうか。


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ちなみに現在は…??
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posted by osamu at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする